統合失調症の理解・支援の理念構築や研究は、私が駆け出しの医師であった四半世紀前には想定していなかった進歩がみられる。本人中心の支援(person-centered care)の原則にもとづき、症状や社会生活機能の改善といった医学的・他覚的なアウトカムだけでなく、主体的な生活と人生の回復過程を重視する、リカバリー概念が生まれてきた。当事者の主体的意思決定が重視されるようになり、当事者と専門職の関係性における勾配を変えていくコプロダクション(共同創造)の理念が叫ばれるようになった。児童思春期までのトラウマ体験が統合失調症のリスクファクターとなることや、身体拘束等がトラウマの再体験となる可能性が示唆されるようになり、トラウマインフォームドケアの重要性が指摘されはじめた。ここ10年で、日本においても、当事者や家族・ケアラーの立場の専門職や著名人の体験の公表、マンガや映像などのメディアを活用した分かりやすい解説や体験の発信、社会福祉法人やユーザーリサーチャーの先導による当事者研究の推進など、アンチスティグマ上、画期的な動きが起きている。

 本書は、主に精神科専門医、および専門医を目指す若い医師が、統合失調症をもつ人や家族の理解や支援について現在の到達点を知り、明日からの診療や研究を一歩ずつよりよいものにしていくことの一助を目指して編まれている。コプロダクションの時代を意識して、統合失調症臨床・研究の専門職と当事者・家族が共同で創りあげるような編集が心がけられている。10年前には当たり前ではなかったことが、今は当たり前になっている。

 それでもまだ、これらの理念や知見はごく一部の支援者らに共有されるにとどまり、広く実践に生かされているとは到底言えないのが、日本の当事者・家族の率直な思いである。また、編者のような専門職が、当事者や家族に執筆を呼びかけたという、不完全な共同創造であり、実践と研究の民主化に向けた対話の第一歩に過ぎない。「はじめに」にまとめたような「わかっていないこと」「できていないこと」が、10年後に大幅に「わかったこと」「できたこと」に移行し、より人間的、民主的な新たな問いが生まれていることを願っている。(笠井清登)

 

タイトル:統合失調症

編集主幹:神庭重信(九州大学名誉教授)

担当編集:笠井清登(東京大学)

監修:松下正明(東京大学名誉教授)

出版社:中山書店