アーサー・クラインマン『ケアのたましい 夫として、医師としての人間性の涵養』
医療人類学・文化精神医学のさきがけであるハーバード大学教授の精神科医 アーサー・クラインマンが、若くしてアルツハイマー型認知症となった奥様のケアを通じて、ケアが人間にとって本質的な行為であることに気付いていくまでの過程を生い立ちから描いた、自伝的作品です。
ケアとはなにか。
病気に苦しむ体の「疾患」(disease, 生物学的にうまくいかなくなってしまっている状態)を診断し、治療する技術は日進月歩を告げています。その一方で、医療従事者や援助職は、患者さんの「病い」(illness, 病気を抱えるひとりひとりが経験するそれぞれの物語)に向き合うこと、すなわちケアすることの大切さを時折見失ってしまうことがあります。
アーサー・クラインマンは、台湾をはじめとしたアジア地域でのフィールドワークを通じて、人類学のまなざしから病いと向き合う人々の生き方や医療と人間との関わりを探求してきた、「ケア」の分野の権威です。彼の最愛の妻ジョーン夫人が早期発症のアルツハイマー型認知症の診断となり、彼自ら妻のケアを始めました。発症が判明してから2011年に奥様を見送るまでの過程で、ケアが医療の現場だけに限らず幅広く存在すること、そしてケアという行為が人間的、情緒的な成⾧の機会を与えてくれることに気づいた、そのような物語が展開されます。
慢性の病いや苦悩に苦しむ、様々な文化や個人的背景を有した患者さんたちの物語に数十年のあいだ耳を傾き続け、ひとりひとりの物語を編んできた一人類学者が、自らケアの課題に直面し、苦悩し、救われる過程が、美しく描かれています。
止まらない高齢化を迎え、前例のないコロナ禍の傷跡を負っている日本において、ケアの課題と関わらない領域はほとんどないといって良いでしょう。
本書は、良質なケアをもたらすものはなにか、そしてケアがケアを受ける者、ケアを与える者双方にどれだけ多くの素晴らしい贈り物を与えてくれるのかを教えてくれます。(高橋優輔)
タイトル:ケアのたましい 夫として、医師としての人間性の涵養
著者:アーサー・クラインマン 訳者:皆藤章 監訳、江口重幸・吉村慶子・高橋優輔 訳
出版社:福村出版