臨床心理学における教育課程では、「セラピー」の訓練が行われます。「セラピー」は、基本的にはセラピストとクライアントの一対一で明確な治療構造設定のもと行われます。そうした「セラピー」で武装した若き臨床心理士が、「ただ居る だけ」がむしろ非侵襲的な癒しとして意味をもつ、というデイケアで職業人生をスタートしたわけです。
しかし「居るのはつらいよ」でとどまらないのが東畑氏の優れたところです。自身の領域の縦の系譜で学んだ伝家の宝刀「セラピー」をさやに収め、素手で「ケア」を実践します。そのなかから、臨床心理士の職業としてのセラピーからみたケア、という狭い意味での対比的考察ではなく、「人がどう生きるか」という開かれた土俵で、ケアやセラピーとは何か、ということを問い直そうとしました。ケア=生活、セラピー=人生を対比させ、それぞれ円と線でたとえる、といった省察に到達したのは、評者の知る限り、日本の心理職として東畑氏が初めてではないかと思います。終盤にはケア業界の経済性についても言及しているところは、臨床心理実践のプロであり、かつ社会学者的視座をあわせもつ東畑氏の独壇場です。
日本における「外野」のケアとセラピーにスポットを当てた前著『野の医者は笑う』(誠信書房、2015)を皮切りに、「内野」のケアとセラピーの縦の系譜を人類学的に考察した『日本のありふれた心理療法』(誠信書房、2017)、そして本書はさらにその先へとケアとセラピーを開こうとしました。「居てみてよかった」次はぜひ、当事者研究と精神分析についての論考を期待してしまうのですが、これは東畑氏の才能と行動力に甘えず、みんなで考えていくべきことでしょう。(笠井清登)

タイトル:「居るのはつらいよ」
著者:東畑開人
出版社:株式会社医学書院