本書は、前著『思春期学』(東京大学出版会 2015)を発展させ、人生行動における思春期の意義について深めたものです。前著では、ヒトを人たらしめる、脳と精神機能の自己制御性(self-regulation)に着目し、それが成熟する時期として思春期を捉えました。しかしこの自己制御性は、ヒトが生活や人生を送るために必要な手段ではありますが、目的そのものではありません。

 では人間はいわゆる幸福を目指して、日々の生活や長期的な人生をどう生きているのでしょうか。こうした問いは、人間にとって極めて大切な問いですが、人文・社会科学者が扱うことはあっても、生物学者が本格的に取り組むことはありませんでした。人間も生物界の一員なのにです。

 そこで私たちは、人間の生活・人生行動を意識的にも無意識的にもドライブしている駆動因を価値(values)と定義し、この価値が、誰からの借り物でもない、本人に固有のものとして生活や人生を送る動因(主体価値personalized values)となる過程として思春期を位置付けました。前著が思春期を「ヒトが人になるとき」と捉えたことを踏まえ、本書では「人が人間になるとき」と発展させたと言い換えられるかもしれません。

 編者の一人である私が、もっとも思い入れのある章は、20章から22章です。前著もお読みいただいた方は、同様な構成が第19章から21章にかけてあることに気づかれたかもしれません。私は、自分自身の個人としての人生を振り返ったり、職業人として出会い聴かせていただいた方々の、想定だにできない困難な状況を前にした切実な生活や人生から学ばせていただいたりする中で、一人一人の個別の体験こそが人間についての普遍的な研究成果だと気づくようになりました。

 編者を代表して福田正人先生が書かれた「はじめに」には、今後私たちが、科学者、市民の別なく、この社会に生きる「当事者」として「研究」すべきことが示唆されています。人間は誰一人として例外なく、もともと、日々の生活や長期的人生を皆で共同研究して知を生産し、次の世代へ引き継いでいく当事者であり研究者(Homo sapiens tojishas ホモ・サピエンス・トウジシャス)だったのです。(笠井清登)

 

タイトル:人生行動科学としての思春期学

著者:笠井清登、岡ノ谷一夫、能智正博、福田正人

出版社:東京大学出版会